「もっと自然にやって」
「ナチュラルにしてみよう」
演技をしていると、
一度は言われたことがある言葉ではないでしょうか。
けれど実は、
ナチュラルな芝居ほど、いちばん難しいと感じる人は多い。
なぜならそこには、
多くの誤解が含まれているからです。
ナチュラル=何もしない、ではない
「自然に」と言われた瞬間、
急に何もできなくなってしまう。
動かない
感情を出さない
考えないようにする
でも、
それはナチュラルとは少し違います。
人は、
何もしていないつもりでも
必ず何かを感じ、考え、反応しています。
ナチュラルな芝居とは、
“足さないこと”ではなく、
“起きていることを邪魔しないこと”。
そこを履き違えると、
芝居は急に止まってしまいます。
無意識にやってしまうこと
わざとらしく見えてしまう芝居の多くは、
実は本人にとっては無意識です。
- 伝えようとしすぎる
- 感情を先に出してしまう
- 相手よりも、自分の芝居を気にしている
どれも「ちゃんとやろう」とする気持ちから起きています。
でもその瞬間、
意識は相手ではなく、
自分の中に閉じてしまう。
結果として、
観ている側には
「作っている感じ」「不自然さ」として伝わります。
身体と反応の関係
ナチュラルな芝居は、
頭だけでは生まれません。
相手の言葉を聞いたとき、
ほんのわずかに変わる呼吸。
一瞬遅れて動く視線。
身体に先に起きる反応。
こうしたものは、
考えて出すものではなく、
身体が勝手に反応している状態です。
でも私たちは普段、
それを感じ取る前に
「どう見せるか」を考えてしまう。
身体の反応よりも、
正解を優先してしまう。
そのズレが、
芝居を不自然にしていきます。
ワークで見えてくること
ワークの中で、
よく起きる瞬間があります。
本人は
「特別なことは何もしていない」
と言うのに、
周りは
「今の、すごくよかった」
と感じている。
それは、
その人が初めて “表現しようとしなかった” 瞬間です。
相手を見て
言葉を聞いて
自分の反応を止めなかっただけ。
ナチュラルな芝居は、
新しく何かを足した先にあるのではありません。
余計なものが、外れたところにある。
それに気づくことが、
演技を続けるうえで
大きな転換点になることがあります。
「ナチュラルにやる」ことが
分からなくなったとき。
それは、
感覚が鈍っているのではなく、
むしろ真剣に向き合っている証拠かもしれません。
一度立ち止まって、
身体に起きている反応に正直になってみる。
そこから、
芝居はまた動き出します。
演技実践ワークでは、
この「立ち止まる時間」をとても大切にしています。
うまくやろうとする前に、
相手を見る。
言葉を聞く。
身体に起きた反応を、そのまま通す。
何かを足すのではなく、
無意識に重ねてきたものを
少しずつ手放していく。
その過程の中で、
多くの人が
「ナチュラルって、こういうことかもしれない」
という感覚に出会います。
もし今、
芝居が分からなくなっているとしたら。
それは、
次の段階に進む手前に
立っているのかもしれません。
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